個人医院の事業譲渡
個人医院の事業譲渡
医療法人化していない個人開業医は、M&Aにあたり、事業譲渡契約の手段しか取り得ません。
個人医院では、医院をいったん閉じたうえで、新たに医院を開設するという扱いになります。現医院は廃業になるため、現院長が保健所等に廃業届などを提出する必要があります。
また、新院長にとっては新規開業になるので、保健所などに対して開設届をする必要があります。
例
医師A(70代)は関東で診療所を営む個人開業医であり、医療法化していない。近々引退を考えており、診療所を孫B(20代)に譲りたいと考えている。
他のスキームとの比較と位置づけ
事業譲渡 | 持分の譲渡 | 合併 | 法人格の売買 | |
---|---|---|---|---|
対象 | 旧法人 新法人 個人診療所 | 旧法人 | 新法人 旧法人 | 新法人 旧法人 |
メリット | 契約内容に柔軟性がある 隠れ債務のおそれがない | 手続きが簡便 (持分の買取り+理事長・役員の変更) | 包括承継なので権利の取りもらしがない | 法人格を取得すれば銀行融資を受けやすい |
デメリット | 手続きが煩雑 | 持分の評価額が高額になりすぎる | 隠れ債務のおそれ旧法人(持分あり)の場合、持分の評価額が多額になる | 行政から指導がはいりやすい |
使用例 | 個人開業医がM&Aをする 規模を縮小しつつも、売り手も存続させたい 分院を譲渡する | プロ経営者に経営を任せ、自分は医療に専念したい場合 支配権を一人に集約したい(離婚等) | 大手グループ法人の傘下に入る 合併後も消滅法人の勢力を維持し続けたい | 民間企業の医業経営進出 法人の新規設立を待つ余裕がない 旧法人を購入したい |
手続きの流れ
①事業譲渡価格の算定と事業譲渡契約締結
②Aと従業員との雇用契約、リース業者との再契約等
③現院長Aによる保健所等への廃業届の提出
④新院長Bによる保健所などへの開設届の提出
その他、税務署などにも廃業・開業に伴う届出が必要になります。
※旧個人院から新個人院への移行に際して診療が滞ることが無いようにするためには、別途手続きを行うことが必要となります。
注意点① 売却価格の算定が困難
事業譲渡の際の売却価格は、基本的に①営業権(のれん代)+②純資産額で計算されます。
医療法人化せず、個人で診療所を経営している場合には、クリニックの財産と院長先生の財産が明確に分離していない場合があります。
そのため、資産額の中に個人の生活費まで含まれていたり、営業権の中に院長先生の個人収入が入ったまま計算されてしまっていたり、また、負債の中に個人の借財まで包含されていることがあります。
その結果として、純資産額、営業権の価格が正確に計算できず、譲渡価格が不明確になってしまうおそれがあります。
値段が正確につけられない以上、第三者に売却することは難しく、個人開業医の事業承継では、親族間での承継がもっぱらです。
注意点② 診療所や医療器材、土地の扱い
事業譲渡契約をした後、譲渡人の診療所や土地、機材の扱いが問題になります。
戸建て開業の診療所を承継する場合には、事業の他に診療所の土地建物を前オーナーから買い取るか、あるいは賃借する必要があります。賃貸借契約を締結すれば、定期的な賃料収入が譲渡人にも入ります。譲渡人や譲渡人の家族にも利益があることを考えると、賃貸借契約をすることが望ましいでしょう。
また、ビル診療所など他人から建物を借りて診療を行っていた場合には、内装設備、医療機器、営業権を譲渡する必要があります。譲受人が、ビルのオーナーなどと新たに賃貸借契約を締結する必要があります。
医療機器や機材については、リースの場合、新たにリース業者と契約をする必要があります。譲渡人が所有している場合には、買い取る必要があります。
注意点③ クリニックが古い建物の場合
事業承継を行う場合、買い受けた診療所の建物・施設などが古い場合には、法律上使用できない場合があることにご注意ください。
建築時には行政の指導基準にてらして適法であった診療所・病院・介護施設等の建物が、その後、法令の改正等をうけ、現行基準下では廊下の広さが足りない、面積が不足しているなどとして、不適格とされてしまうことがあります。(こうしたものを、既存不適格といいます)
たとえば、図のように医師Aが使っていた診療所ごと医師Bに対して事業譲渡をしようと考えている場合をみてみましょう。
Aが建設した診療所は、昭和中期ごろに作られたもので、その当時の基準には適合したものでした。その後、基準の見直しがあり、床面積や廊下の広さなどが改定された結果、Aの診療所は、現在の基準に照らすと不適合となりました。
この場合、現行基準に適合しないからといって、Aがただちに増改築をする必要はなく、診療所をこのまま使い続けること自体は違法ではありません。
しかし、いったん診療所がBに譲渡され、運営者があらたにBと変更された場合には、診療所建物は、現行基準に不適格な施設として扱われるようになり、すみやかに増築・改築することが義務付けられます。
注意点④ 事業譲渡に伴い税金が発生
・税務申告
個人医院で事業譲渡を行う場合、医院に属する土地・建物・機材などの資産を贈与・譲渡・相続あるいは賃貸することが必要になります。
譲渡の場合、前院長に対して譲渡所得に対する所得税が課されます。
この場合、譲渡価額が消費税の課税対象となります。
贈与・相続の場合、新院長に対して贈与税・相続税が課されます。
賃貸の場合、前院長と新院長が生計を一にしているかどうか、家賃相当額を受け取っているか否かにより、所得計算や財産評価額が変わってくる場合があります。
注意点➄ 有床診療所は注意
無床診療所は、旧個人院から新個人院への移行に際して診療が滞ることが無いようにすることができますが、
有床診療所や病院の場合、旧個人院廃止およびベッド返還に伴い診療が滞る可能性がございます。